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2009年1月

受験開始

いよいよ今日から、次女の受験月間が始まりました。
顔を合わせると何時間でも親子でおしゃべりしていて、
「一体いつまでしゃべってる気?」
と(勉強とは無縁の)長女に注意されてしまう緊張感のない受験生ですが、とうとう本番が始まってしまいました。

一昨日長女は、受験生向けの合格祈願のお菓子をいろいろ買ってきました。
コンビニで買ったら、合格祈願の入浴剤をオマケにもらったそうです。
普段は時間がもったいないと、ほとんどシャワーですましてる子どもたちです。
当然、お風呂掃除もしたことがありません。
それなのに
「受験前日は風呂掃除してあげるから、この入浴剤使いな」
と言って、昨日夜遅く仕事から帰ってきた長女は、
実際に次女のためにお風呂の準備をしてくれました。
(自分は翌日朝早いからと、さっさと寝てしまいましたが)

長男は「ドラゴン桜」を熟読して受験指南をしたり、
日本史の問題を出してやったりしてたようです。
(本人にはまったく日本史の知識はありませんが)

普段は、バカにされてコキ使われてたりしますが、
結構姉兄に恵まれた妹だと思いました。

母親はというと、とうとう忙しさにかまけて放任のままでした。
栄養バランスを考えた食事なども作らず、
成績にも勉強時間にも特別関知せず、
いつまででもおしゃべりに付き合ってました。
その中で(ほとんど趣味に近い)歴史に関することや、
文学の話や、歌や映画に関わる英語の話などもしましたが、
受験には数パーセントも役立たないでしょうね。

親の仕事としては、どうにかこうにか塾代を出したくらいです。
塾では、気に入った先生を見つけたもので、
熱心に一番前で受講したり、質問に行ったりしてました。
兄のときとは比較にならない活用の仕方です。
もっと早く行かせていれば良かったと思いました。
同じ兄弟でも、個人指導が良いか集団の塾が良いか、
好みがはっきり違います。
ちゃんと見極めていれば、もっと早く勉強に取り組めたかもしれません。

受験校の選択も本人任せでしたが、
歴史の勉強ができればどの大学でも良いということで、
偏差値による大学への偏見もなく、
どの大学にどんな特性があるかをいろいろ調べてました。
一応高い希望はあるものの、
レベルも満遍なく選択したようなので、
無茶な受験校選択をしてません。
学校の面談では、アドバイスの必要がないと言われたそうです。

高二までは、勉強の方法がわからない、成績も上がらない、
いつも進級が危うく、親が毎学期学校に呼び出される、
という苦労をさせられました。
そんな調子ですから、中学レベルからのやり直しで、
一年間受験勉強をしてきたわけです。
信頼する塾の先生からは、受験が始まっても、
まだまだ伸びるはず、と指導されたそうです。
そのための、段階を踏んだ受験校選択など、
いろいろ工夫もしているそうです。

親は、子どもがやってみたい、という通り挑戦させるだけです。
見かけは子どもでも、もう大人のはずなので、
すべて子どもに任せました。
親は、受験当日のお弁当とおやつを用意してあげるくらいです。

少なくともこの一年間は、学校も塾も休まず、
それまでとは比較にならない位よく頑張ったと思うので、
なんとか希望通り大学生になってほしいものです。

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継続は力なり

小三から中三まで西教室に通って1級を目指しながら、高校受験で中断し、高校で復帰する予定が、学校が遠いため通えなかった生徒からメールが届きました。
大学進学も決まり、高校の授業ももうすぐ終わるので、また珠算と暗算の1級を目指したいということです。

一流といわれる高校から大学への進学が決まっても、それに安住することなく、今は資格が物をいう時代だから、やりかけていたことをやり遂げたい、ということです。
同級生である次女やその友人たちのおしゃべりにもめげず黙々と練習し、着々と実力をつけていった寡黙な男の子でした。
それが、自分からメールを寄越し、いろいろなアドバイスに礼儀正しく対応し、さわやかな文面で意欲を語る返事をくれたことに、ちょっとびっくりしました。
教室に通っていた6年間に話した以上に多くのことを話してくれた気がします。
いろいろな面でこんなにも成長して、と感動してしまいました。

一橋の学生さんで、証券会社に就職が決まってからの10ヶ月で、まったくの初歩から教室内のテストで準二級まで合格した生徒がいました。
優秀な生徒に共通するのは、非常に素直に指導に従い、忠実に練習を続けることができることです。
勝手な思い込みで指使いを変えたり、独自の方法を編み出したりせず、わからなくなったら何度でも聞き、基本には忠実に従うことが上達の早道だと知っているのでしょう。

去年、18年かかって公認会計士の試験に合格した友人がいます。
その間、結婚し、二人の女の子を出産し、子育てしつつ夫の会計事務所を手伝い、試験前には学校に通って受験する、という生活を毎年送ってきました。
普通ならとっくにあきらめて挫折するところですが、あきらめなかったことが合格につながりました。
「継続は力なり」の見本です。

何でもコンピュータで処理する時代に、珠算1級がどれだけの価値があるかといえば、実際にそろばんをはじくことで資格を生かす機会はほとんどないでしょう。
実生活で暗算は使えますが、実際の事務作業は、私でも全部パソコン任せです。
たまに検算を暗算でやるくらいです。

ただし、どんな資格でも1級などのトップランクの資格を取ることは簡単ではなく、勉強なり訓練なりを継続する必要があります。
特に珠算は一朝一夕で上達することは難しく、通常1級を取るまでには何年か訓練する必要があります。
一つのことに何年も取り組み、小さな目標を達成しつつ、最終的な目標に向かって努力したという経験は、ほかの勉強や仕事や人間関係など、人生の多くの場面で生かせるはずです。

多くの習い事に手を出し、何一つ最終目標を達成できないより、一つのことに何年も取り組むということが大事だと思います。
それには、遅過ぎるということはありません。
仕事でも人間関係でも、何やっても続かないという人は、何か一つの資格の最高レベルを取得する勉強を継続したら良いと思います。
何をやってもそつなくこなせる器用な人より、不器用で人の何倍も努力を必要とする人の方が、上達には時間がかかりますが、経験を有効に生かせるはずです。


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富士山の見える部屋から

10あけましておめでとうございます。

去年は、あと数年は引越しの予定のなかった東教室で、突然退去の申し出があったり、移転先探しでもいろいろ問題があったり、その他いろいろツイていないことが続き、踏んだり蹴ったりでした。

年末に引っ越してみて、西の窓から富士山が見えることがわかりました。
最初に部屋を見に来たときも、入居が決まってから下見に来たときも、時間と空模様のせいか、見えませんでした。
方角的には見えるはずだと思ったので、西友のビルの陰になってるのかな、とちょっとがっかりしてました。
でも、そんなにツイてないことばかりじゃなかったんだ、と思えました。

人間誰しも良いことばかり続くことはなく、悪いことが続いたり、小さなことでも次から次へとアンラッキーが重なると、自分はツイてないのでは、と思える時があります。
心身ともに絶好調の時なら、まったく気にしないようなことでも、体調が悪かったりすると全てが不幸の種のように思える時もあるでしょう。
そのために、不幸が続いているような気になったりもします。

また金メダルを取ったソフトボールの話に関連しますが、チームを優勝に導いたのは、イメージトレーニングの効果が発揮されたという話があります。
いろいろなスポーツやビジネスなどでメンタルトレーニングの指導をしているという西田文郎さんの「ツキと幸運がやってくる31日の習慣」という本は、一見何かの宗教か怪し気な商法かと思いました。
でも、具体的に何をしたらポジティブになれるか、何を続けたらメンタル面で強くなれるかを示し、単に「果報は寝て待て」的なラッキー本ではありませんでした。

ポジティブシンキングの本はいろいろありますが、元々ポジティブな人間には無用な精神論だったり、悲観的な人には、どうやったらポジティブになれるのかが少しもわからない内容がほとんどです。
でも、自分の夢や目標、目的を自覚したり、前向きな気分になるための何らかの行動を自分で考え、実行し、続けることで、結果的に夢が実現したり良いことが起こるという理論です。

基本は、「自分はツイていると信じる」「人も自分も喜ばせる」「周囲のみんなに感謝する」という、あらゆる宗教や怪しげな商法でも活用され、多くの成功本やビジネス本でも書かれていることです。
ドラマにもなった「夢をかなえるゾウ」も同じような感じでしたね。
そんなわかりきったことも、実際にはなかなか実行できなかったり、続けられなかったり、落ち込んだ時はとてもそんな気分でなかったり、ということが問題なわけです。

ところが、ツイてないと思った時、落ち込んだ時、自分でちょっとした行動や言葉を決めておくと良いということです。
昔の人は、よくやっていたことですよね。「クワバラクワバラ」などと言ったり、信心深い人はお祈りやお経などを唱えたり。
ちょっとしたことで、すぐに気分を回復させる技を身につけることで、常に自分を信じることができれば、目標に向かって努力を続けることもできますし、必然的に夢を実現することもできるでしょう。

何をやっても、試行錯誤のない成功はありませんし、あきらめさえしなければ失敗ではなく、成功への一つの段階でしかありません。
自分を信じられなければ他人を信じることはできませんし、自分を大切にできなければ他人を大切にできるはずもありません。
でも、続けることが難しいですよね。
そのためには、自分なりのおまじないも有効かもしれません。

もうすぐ受験の時期ですが、みんな自分を信じて、自分と自分の目標を大切に、体調や成績の不調に左右されることなく、合格した自分を確信しながら、最後まで能力を伸ばし続けて頑張ってほしいと思います。

ツキと幸運がやってくる31日の習慣

夢をかなえるゾウ