いとこ会

Konotori 連休中に、コウノトリの里で有名な父の故郷に行ってきました。
父方の「いとこ会」をやることになり、生存しているいとこ全12人+母親4人(父親は誰も残ってません)+子どもと孫十数人(出入りが激しくて数不明)が集まりました。
普段は、お葬式か結婚式に、それぞれの家の代表が集まるくらいで、いとこ達全員が集まったのは初めてのことです。
「いとこ会」をやろうと言い出したのも、6年前の父のお葬式で何人かが集まった時ですし、具体的に今度のゴールデンウィークにやることが決まったのも、今年一月の父の七回忌でした。

父は、男六人女三人の九人兄弟の末っ子で、生きていれば80歳です。
父の兄弟で生存しているのは、上から5番目の93歳の伯母と、8番目の84歳の伯母だけ。
父と一番仲の良かった上から7番目の7歳年上の伯父は、父が先に亡くなったことで、家族の誰よりもがっくりと意気消沈してしまい、翌年追うように亡くなりました。
すぐ近所に住んでいて、一緒に釣りに行ったり、碁をやったり、商売をしたりして、大喧嘩をしたこともありますが、それだけ仲の良い兄弟でした。
残った二人の伯母達にも、
「一番下が先に逝くなんてねえ」
と嘆かれました。

そのような兄弟関係のいとこなので、妹と同じくらいの子どもがいたりと、かなり年上のいとこ達の集まりです。
私は、集めた会費の会計を任されたりしたので、使った額と残高を計算し、お世話になった人へのお礼をさらに集金し、などとやっていると、
「エライエライ」
などと頭をなでられたりしました。(こんな年になって!)
普段、仕事でも家庭でも実家でも、親以外はほとんど年下という環境で、あまり人様からかわいがられるという経験もなかったので、子どもに戻ったような感覚でした。

小さい頃は人見知りで、母親から挨拶が下手だとか怒られてばかりいたので、親戚つき合いも好きではなく、父の故郷には6歳の頃行ったきりです。
ほとんど初対面のような、あまりお付き合いのない人達と三日間も過ごすのはどうなんだろう、というのは杞憂でした。
言いたいこと言って、口は悪いけど、ざっくばらんで、父や自分と同じような人種だらけ。同じ血縁だということがつくづく実感できました。

また、私以外の家族が遊びに行った時の写真を見せてもらってびっくりしました。
うちの次女がいる、と思ったら9歳頃の妹でした。
常々、次女は妹に似てるとは思ってましたが(妹の実の娘よりもそっくりです)ここまで似てるなんて。
次女の写真は少ないので、もらってアルバムに混ぜておこうかと思いました。

たくさんの山に囲まれて、数年前氾濫して連日テレビに映った川が流れ、山を越えると日本海という、父の育った世界をたくさん見せてもらいました。
伯母達は害鳥だと非難してましたが、今は大事に保護されているコウノトリも、父が若い頃まではたくさん飛び交っていたそうです。

夜、宴会をやったお宅から数十キロ離れた別のいとこの家まで車で送ってもらいました。
まったく外灯のない真っ暗な道をどこまでも走っているとき、妹の小二になる長男が言いました。
「信号が全然ない!着くまでに何個信号あるの?」
「そうだね。多分一個もないね」
甥だけでなく、大人達もちょっとしたカルチャーショックでした。

伯母達は、大きな台風の度に洪水に遭ったり、苦労も多かったのですが、こんな大自然の中でたくましく生き抜いて来たんだな、と思いました。
農業をやりながら、様々な職業を兼業して子どもを育ててきた働き者なので、いくつになっても何もしないでぼんやりしていることができません。
手芸をしたり、色紙や千代紙で小さな三角を組み合わせた細かい細工の小物を作ったり、手先と頭を使い続けることが、口も身体も達者で長生きできる秘訣のようです。

もう二度と会えないかもしれないから、と別れを惜しんでくれた伯母達ですが、そんなことはないでしょう。
伯母達より先に逝かないようにするには、いかに頑張るか、というのが「いとこ会」の最大の課題でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親子旅行(聖徳太子の史跡を巡る会)

夏の間ちょっと忙しくてブログの更新をサボっている間に、もうキンモクセイの香る季節になってしまいました。

ここ数年、夏には毎年次女と旅行をしています。
かつては家族旅行をしてましたが、上の二人は大きくなり、家庭の事情もあり、次女だけ連れて旅行することにしました。
子どもが三人揃うと、食べ物の趣味から行きたい所からなかなか意見が合わず、旅先でいつももめていましたが、一人だけなら行きたい所、食べたい物につきあえば良いだけなので、その点はとても楽になりました。
だけど、それほど甘い旅行ではありません。

最初は大阪のユニバーサルジャパンに始まって、静岡、奈良、京都、仙台と続いて、今年はまた奈良へ行ってきました。
前回は、飛鳥の古墳巡りをしたので、今年は前回行けなかった斑鳩中心に回りました。
いつも、歴史と博物館好きの娘が綿密に組んだハードスケジュールに、暑い中つきあわされます。

新幹線の中でガイドブックを見ながら、次女が言いました。
「今年は、聖徳太子の史跡を巡る会ね」
「何それ?いつの間にそんな会ができたの?いつの間にかお母さん会員なわけ?」
「会じゃなかった。旅だった。ま、いいじゃないの。」
というわけで、いつの間にかマニアックな会の一員にさせられてました。
聖徳太子は嫌いじゃないけど、中学・高校の歴史の本と、美術史の本と、ほとんどが山岸凉子の「日出処の天子」の怪しげな知識しかないのに・・・

奈良ではいつも、レンタサイクルで観光します。
運転ができないので仕方ないのですが、交通の便が良くない地域ではレンタサイクルが便利です。地元に密着した旅ができます。地図を見て、自力で移動するわけですから、一番思い出にも残ります。
だけど、奈良は暑いんです!
一箇所目で、
「暑い〜、疲れた〜。少し休もうよ〜」
などと言ってしまうと、
「はあ?もう年じゃないの?こんな所でゆっくりしてたら、今日中に全部回れないよ」
「いや、どう考えても、このスケジュール全部は無理だと思うけど・・・」
でも、前回の奈良のように、行きそびれた場所に翌日行くことになっても大変なので、暑い中頑張って自転車を走らせました。(毎年思うけど、これだけ汗かいたら絶対やせてるはず!と、いつもはずれる淡い期待を抱きつつ)

娘は、興味のある博物館では、全部の説明を読み、音声解説まで全部聞きます。
飛鳥の博物館や仙台の歴史博物館では、ただざっと眺めて通り過ぎる親とのタイムラグが大きく、かなり待たされました。出口付近のソファで、ずっと読書してました。
今年は、仏像中心の博物館が多かったので、一緒に眺めながら、すんなり出てこられました。

その分、時間に余裕ができて、ファミレスや喫茶店でゆっくりしゃべったり、夜のお祭りが始まるのを待ちながら、ずいぶんおしゃべりしました。
娘は学校のこと、先生のこと、友達のこと、家族のこと、私は、自分や子ども達の子ども時代の思い出話や、娘にとってはおじいちゃん、おばあちゃんの親のことなど。
うちはおしゃべり一家なので、いつもみんなよくしゃべりますが、子どもが二人、三人と揃うと、発言チャンスが減るのと、それぞれ個々に共通の話題が発生するので、会話が大変忙しくなります。
二人で旅行に来ると、一対一でゆっくり話ができるのも良い所です。

普段まったくの放任状態にしている罪滅ぼしの意味もある二泊三日の旅行ですが、来年くらいで最後かな、と思ってます。
本当は、中学くらいになったら、普通は親になんか付き合わないだろう、と思ってたんですけどね。
末っ子は、やっぱりいつまでも精神年齢が低いのか、それとも他の兄弟より必然的に親との年月が少ないから一緒にいたがるのか、高校生になっても旅行する気満々でした。

子どもには、財産を残すより、自分で生きていく力と思い出を残したい、と思ってきました。(残せる物なんか何もないけど、例え万が一すごい財産が築けたりしても、遺産なんか残しません。って、誰も期待してないだろうけど)
ですから、どんなに経済状態が苦しくても、家計の許す範囲で、年一回は旅行をしてきました。
旅行嫌いの息子にとっては、面倒でしかなかったようですが、普段忙しい親が、一日中一緒にいて遊んであげる機会はめったにないわけですから、三人それぞれに何らかの影響が残ってるはず、と思ってます。

海外旅行も、飛行機旅行もなく、関東近辺をうろつく旅行がほとんどでした。
飛行機に乗らないと旅行でないと思ってるような次女の同級生からは、修学旅行で初めて飛行機に乗ってはしゃいでたら、
「旅行行ったことないの?」
と言われたそうです。
来年は思い切って、娘の大好きな土方歳三の最後の地、函館に行こうかと思ってます。
娘が真面目に学校の勉強をして、ちゃんと結果を出したら、という条件付きです。
何より、親の方が、今までになく贅沢な旅行を目指して、仕事を頑張らなくてはなりませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)